ペーニャ・マドリディスタ・ニポナとは

-Que es La Pen~a Madridista Nipona-

What is the Pen~a Madridista Nipona ?


ペーニャ・マドリディスタ・ニポナは1998年7月に誕生した
日本初のレアル・マドリーC.F.公認サポーターズクラブです。



創立の目的

レアル・マドリーやスペインサッカー(リーガ・エスパニョーラ)、またあらゆるスポーツを通じて人生を楽しみ、 またその発展を望むことを会の目的としています。
まぁ硬く考えることなくサッカー(プレー、観戦、お酒やお茶の話題としてなど)で楽しもうという ことです。 ただし会の性格上その中心は当然レアル・マドリーになります。


設立の経緯

発起人の一人である久保田氏(現在会長を務める)が1981年より数年間スペインに滞在、 レアル・マドリー&スペインサッカーに魅了されたことが発端です。

帰国後、日本でレアル・マドリーのペーニャ創立を考えていました。
しかしながら実際に設立するとなると数多くの疑問点が浮かんでまいりました。
「何のために創るの。」
「どんな活動をするの。」
「地球の反対側のクラブをどうやってサポーター活動するの。」などなどです。

これらの問題の解決策も見当たらず、 日常生活に追われ、全てが暗礁に乗り上げていました。

しかし1996−97シーズンのリーグ優勝。 それに続く1997−98シーズンのチャンピオンズ・リーグ 1次リーグでのレアル・マドリーの絶好調なプレーぶりをTV中継で見て、 全てが変わりました。
「この調子だと今季は(ビッグ・イヤーを)取れる!!」
「インターコンチネンタル・カップ(トヨタ・カップ)で来日する。」
「ペーニャ創立を具体的に進めなければ!」

そこで、スペイン滞在時に知り合い、現在ペーニャ・マドリディスタ・ニポナをサポートしていただいている 岡野さん(スペイン在住)経由で、レアル・マドリーのペーニャ総括事務局とコンタクト をとり、具体的な創立準備活動が始まりました。

ペーニャ・マドリディスタ・ニポナ創立準備は当時のレアル・マドリーC.F.のペーニャ 部門責任者フェルナンド・ロウコ会長
(Sr. Don Fernando Rouco ;Presidente de Departamento de Pen~as 現在はペーニャ部門の名誉会長) の協力を経て順調に進みました。
レアル・マドリー公認サポーターズクラブの規約に従い、1998年5月に発起メンバーでの 設立集会(第1回総会)を開催。
アムステルダム・アレーナでのチャンピオンズ・リーグ決勝(対ユベントス) を前に正式にクラブ側へ、ペーニャ・マドリディスタ・ニポナの設立・承認申請書を 提出しました(もちろん優勝と年末のトヨタカップでの来日を信じ。)

その申請は正式にクラブ側に受理され、ペーニャ・ニポナは日本初の公認サポーターズクラブとして 承認、1998年7月、遂にレアル・マドリー公認サポーターズクラブ 「ペーニャ・マドリディスタ・ニポナ」が誕生しました。


発起人(順不同敬称略)

PMN発起メンバー

和田 直隆
1980年〜1985年の5年間マドリードに駐在し、 レアル・マドリーのサポーターとなる。マドリード滞在時はサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアム
からハーフタイム中に自宅のトイレを利用できる距離(徒歩5分弱)に住居を構えていた。
"サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムに最も近い日本人"であった。


小池 隆司
1982年、卒業旅行で訪れたスペインで 観戦したマドリード・ダービーで、レアル・マドリーの勇姿を
目の当たりにしてからの レアル・マドリーファン。
あのPIPA(ヒマワリの種)の味も忘れられません。
来年こそはと、?十年ぶりのサンティアゴ・ベルナベウでの観戦を期している。
40歳を超えたいまでも、疲れを知らない動きでフィールド狭しと走り回る。


河本 浩
本当はインテリスタ?だが設立メンバーに加わった。
現在も自ら社会人サッカーチームをつくり活躍中。 1990年より98年まで3度のワールドカップ観戦歴は持つ。 2000年には渡西しリーグ戦とチャンピオンズリーグを観戦した。


山中 和弘
サッカー歴は浅いが、ペーニャの趣旨に賛同し創立メンバーとなった。
生涯独身貴族をつらぬく、お気楽人生を送っている


岡野 誠子
在西2?年。1981年からスペイン専門のジャーナリストとして活動。
F.ペレス会長から「私の日本人の恋人」と呼ばれ、「なぜ娘と言ってくれないの!」
と嘆くサッカーおばさん。 誕生日は、伝説のディ・ステファノ氏(現レアル・マドリーC.F.名誉会長)と同じ7月4日(もちろん歳は違いますよ。)
R.マドリーのソシオ。


久保田 繁樹
サッカー愛好家 1981年〜1986年間に2度渡西。 通算約3年半マドリードに滞在。
それ以降も頻繁に旅行でマドリードを訪れ、 デル・ボスケ氏(元R.マドリー監督)やカマーチョ氏(元スペイン代表監督)が 現役バリバリの時代より現在までS.ベルナベウ通いを続ける。 現在レアル・マドリーのソシオでもある。 歳にも負けず、草サッカーの現役選手を続けている。

レアル・マドリーの会員証



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